《東野・有吉のどん底》蛭子能収は賭博容疑で逮捕され息子を裏切った!妻を亡くし手当たり次第に女性を口説いた?再婚の真相!


※東野・有吉のどん底 2013年10月3日放送分より

芸能人の今だから話せるどん底話を聞いて、
悲惨だった過去を笑い飛ばしてしまう。

誰も憧れない65歳 どん底漫画家
蛭子能収のどん底

漫画家・蛭子能収

蛭子能収(65歳)が幼少期を過ごしたのは、
長崎県・長崎市。

幼少期、一家は貧しく、
家族5人で6畳1間の長屋暮らしであった。

そんな蛭子能収は、
1970年に上京し漫画家を志し、
1972年に妻・貴美子と結婚。

ほどなくして2人の子供にも恵まれ、
幸せな家庭を築いていく。

賭博容疑で逮捕され息子を裏切る

しかし1998年11月20日
蛭子能収はいつものように雀荘にいた。

その時、
警察のガサ入れにあってしまい、
賭博容疑で捕まり、子供達を裏切ってしまった。

逮捕された時の状況は?

蛭子能収は最初、
怒鳴り散らす人達が来たので、
警察ではなくてヤクザが来たのかと思ったという。

父が逮捕された時、
息子の蛭子一郎は家族で一緒に外食する予定があったのに、
父から連絡が入らず家族全員心配していた事を明かした。

その頃、蛭子能収は家族に連絡しようとしていたが、
警察に拘留中は電話は禁止されていた。

その時の判決は罰金10万円で済んだが、
芸能界でやっていけなくなるのでは、
と心配していた事を明かした。

また、この事件で芸能活動を3ヶ月自粛した蛭子能収だったが、
謹慎中も家族でラスベガスに行き、
ギャンブルに興じていた事が明かされた。

最愛の妻・貴美子の死

その後も蛭子能収のどん底は止まらない。

2001年、上京間のない時から支え続けてもらった、
最愛の妻であった貴美子が永眠した。

これには蛭子能収も枯れるほど涙し、
打ちのめされてしまう。

片っ端から女性にちょっかい!
再婚の真相

蛭子能収は妻を失くした寂しさの余り
近場の女性に片っ端から手を出したという。

蛭子がちょっかいを出した女性1人目は、
当時の女性マネージャーである。

蛭子能収は奥さんが亡くなって数ヶ月後、
仕事を理由に女性マネージャーを家に呼び出し、
カレーを作ってくれとおねだりし、
映画にも誘って一緒に鑑賞した。
正直、あわよくばと考えていたという。
2度めの映画デートの誘いをきっぱり断られ、
その女性マネージャーは事務所を辞め姿を消した。

蛭子がちょっかいを出した女性2人目は、
自分自身の女性ファンである。

その女性ファンは、
ずっとファンレターを送ってくれていた、
20歳くらいの年下の女性である。

蛭子能収はその女性が暮らす神戸までわざわざ出向いた。
しまもホテルの予約はせず、
女性ファン宅に泊まるつもりだった。
しかし、いざ合流すると、
女性ファンは彼氏を連れてきていて、
思惑はかなわなかった。

蛭子がちょっかいを出した女性3人目は、
知人が紹介したCA(キャビンアテンダント)である。

デートは繰り返したが、
娘と同じ年齢だった為、
深い関係は望んでいなかった事を明かした。

蛭子がちょっかいを出した女性4人目は、
現在の奥さんである。

現在の奥さんは女性週刊誌の、
読者とのお見合い企画で知り合い、
上記のCAと悩んだが、
再婚の決め手は顔と体がタイプだったからであった。

この事実を蛭子能収は認め、
妻が亡くなると半端無く寂しい。
もう女だったら誰でも良いと思い始める。
とぶっちゃけた。

但し、奥さんがいる場合は、
蛭子能収は奥さん一筋である事を明かした。

《もうちょっと調べてみた&所感》

蛭子能収さんというとのほほんとした、
陽気でのんびりしたおじさんかと思えば、
賭博容疑で捕まったり、
女性を口説きまくったり、
意外と肉食系な部分がある事にびっくりです。

これまでは妻・貴美子さんの事もあり、
自重されていたのですね。

ちなみにwikipediaによると、
再婚相手は、
2003年4月に催された企画、
女性自身のお見合いパーティーで知り合った、
ハリセンボンの近藤春菜似の19歳の女性だそうです。

この方と3年の交際を経て、
2007年1月に再婚されたそうです。

今はとても幸せそうなので何よりです。

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