《リアルスコープ》東京の地下鉄の歴史!地下鉄工事(工法)の変化の過程や現在の路線図になるまでの経緯を時系列で紹介!

※潜入!リアルスコープハイパー 2013年9月28日放送分より

今回はJR、東京メトロ全面協力、
新幹線&地下鉄の裏側スペシャル。

現在東京の地下には、
東京メトロ、都営地下鉄を合わせ、
全13路線全長304.1kmにも及ぶ線路が走っている。

まさに東京の地下はクモの巣状になっている。

地下鉄の疑問!
東京の地下鉄ってどのように掘られたの?

初期の地下鉄工事「開削工法」
日本初の地下鉄・銀座線開通

そもそも東京に地下鉄を作ろう、
という構想が持たれたのは、
今から凡そ90年前
大正から昭和に移る時代である。

この頃、東京の人口は急激に増え、
街に人が溢れかえっていた。

その為、公共の乗り物であった、
路面電車は超満員。

そこで日本初の地下鉄(後の銀座線)が、
上野~浅草間に誕生した。

1925年地下鉄工事は着工したが、
当時、地下鉄を作るのは非常に大変だった。

工事の様子をみると、
ツルハシ片手に手作業で土を掘り、
掘られた土はトロッコで外へ持ちだされた。

この頃は機械がない為、
全て工事は手作業で行われた。

この工事は開削工法と呼ばれるもので、
まず地面に外壁となる杭を打ち込み、
そして道路から穴を掘っていき、
地下でトンネルを作り、
穴を埋め直すといった手順を踏む。

だから銀座線は今も、
道路沿いの浅い所(深さ)を走っている。

このような非常に手間のかかる工法だったので、
当時は地下鉄を1km繋ぐのに、
現在の価格で100億円莫大な費用がかかった。

その為、すぐに路線を延ばすのは難しかった。

大手デパートと提携した地下鉄工事

そこで動いたのが、デパートの三越

工事費を負担するという約束で、
三越前駅」という駅名を獲得した。

これを機に、
松坂屋」「高島屋」「銀座松屋」といった、
大手デパートと提携し、
松坂屋がある上野広小路駅
高島屋がある日本橋駅
銀座松屋、銀座三越がある銀座駅と、
徐々に銀座線の路線は延長していった。

しかし予算面だけでなく、
地下鉄工事は技術面でも問題があった。

それは神田川の横断

地下鉄工事の難所①
「川の横断」

当時の開削工法は地上から掘る為、
地上が水面である河川は、
地下鉄工事の最大の敵となった。

そこで考えられたのが、
神田川は船が通る幅だけ残し、
川の両岸をせき止めるという方法であった。

川の両岸を一部せき止め、
せき止めた部分を開削工法で掘り、
川の下でトンネルを繋げるという工法が取られた。

こうして生まれた地下鉄。

開業当時は地下に電車が走るという珍しさから、
大混雑となり、
電車に乗るまでに一時間かかった。

改札はお金を入れれば木枠が回転する、
自動改札だった。

当時走っていた初期の地下鉄車両は「1000型電車」で、
地下鉄博物館に展示されている。

1000型電車」はモダンな黄色いデザインで全鋼鉄製。
当時の電車は木製が主流だったが、
地下での火災に耐えられるように鋼鉄で作られた。

そして1954年には丸ノ内線(池袋~御茶ノ水)が誕生。
更に1959年には新宿まで路線を伸ばし、
赤坂見附駅で銀座線と丸ノ内線が接続し、
乗り継ぎが可能となった。

その為、利用者は急増し、1日約20万人が、
地下鉄を利用した。

そんな丸ノ内線にも難関工事はあった。

それは国会議事堂周辺である。

地下鉄工事の難所②
「高い土地の横断」と「ルーフシールド工法」の誕生

国会議事堂周辺の土地は高台になっている為、
地上から掘り進める開削工法では、
深いトンネルが掘れない。

そこでより深くトンネルを掘る技術が誕生。

それはアーチ型の鋼鉄の枠を地下に埋め込み、
枠の内側を人が手作業で掘りながら、
枠を前に移動させていくというものである。

この工法であれば、
地上に既に建物があったとしても、
その下にトンネルを掘ることが可能になった。

鉄枠のアーチの屋根が上から落ちてくる土を、
防ぐ役割を果たしていた為、
ルーフシールド工法と呼ばれている。

この工法で1日平均1.2mのペースで掘り進め、
国会議事堂周辺の230mのトンネルを掘った。

相次ぐ地下鉄路線の開通

そして1960年台に入ると、
1964年の東京オリンピックの開催に伴い、
日本は高度経済成長期に突入し、
地下鉄の建設ラッシュが起きた。

1960年台だけで、
都営浅草線日比谷線東西線都営三田線千代田線
5路線が増えた。

技術も進歩し、
トンネルの掘削にドリルベルトコンベアが出現。
作業効率が格段に良くなった。

この頃には1番切符を買う為に徹夜する、
切符マニアと呼ばれる存在が出現した。

最新地下鉄工事「シールド工法」

それから凡そ半世紀。

現在では先端に付いた巨大カッターで、
トンネルを掘りながら同時に外壁を構築していく、
シールド工法が主流となり、
大深度地下と呼ばれる土地所有者が、
利用しないような40mを超える深い場所も、
掘れるようになった。

東京で一番深い地下鉄の駅
「都営大江戸線六本木駅」

ちなみに東京の地下鉄で一番深い場所は、
都営大江戸線の六本木駅で地下42.3mである。

ホームから地上に出るまで、
階段を使うと全部で262段もある。

地下鉄3路線が密着する駅
「副都心線新宿三丁目駅」

また、これだけクモの巣状になっている東京の地下鉄で、
トンネル同士が最も過密に接近している所がある。

それは3つの路線(都営新宿線、丸ノ内線、副都心線)が交差する、
新宿三丁目周辺である。

既に開通していた丸ノ内線と都営新宿線の間を、
ギリギリ縫うような形で、
新しく副都心線が開通。

そのギリギリ具合でいうと、
都営新宿線副都心線トンネルの間の距離は、
わずか11cmしかない。

ちなみに交差している所は、
副都心線の新宿三丁目駅ホームの真ん中らへんで、
その為、新宿三丁目のホームは、
都営新宿線のトンネルを避けるように、
少しアーチ状になっている。

《もうちょっと調べてみた&所感》

我々が何気無く普段乗車している地下鉄ですが、
そこには長い歴史が刻まれていたのですね。

特に銀座線は私もよく使うことがありますが、
地面に手作業で穴を掘って作っていたという事実に驚きです。

100m進むだけでも、
相当な労力とコストがかかったのではないでしょうか。

東京は短い間隔で地下鉄駅があるので、
車がなくても移動が容易で、
大変利便性が高くはありますが、
その背景には先人達の気の遠くなるような努力があったのですね。

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