林修先生の今でしょ講座|昔・縄文・弥生時代の主食は里芋(サトイモ)だった!どうして主食だったのか?ご飯・米が主食に変わった理由とは?

※林修の今でしょ講座 2014年6月10日放送分より

この番組は普段教える立場の林修が、
普段知らない世界の事を、
その道のプロから学ぶ番組である。

今回のテーマは「野菜」。

野菜のプロ・スペシャリストが、
野菜を賢く選び、賢く食べて、
体の悩みを解消する情報を教えてくれる。

いかにして野菜は進化を遂げたのか
野菜の歴史雑学

江戸解析近茶流宗家で、
東京農業大学客員教授の、
柳原一成先生が、
明日話したくなる野菜の歴史雑学を紹介。

ご飯・米の前の主食は
里芋(サトイモ)だった!?

里芋(サトイモ)は、
レンコンとほぼ同じ時期(縄文・弥生時代)に、
中国から日本に伝わったと言われている。

サトイモは、
縄文・弥生時代の日本においては主食だった。

どうしてサトイモが主食だったのか?

サトイモが主食だった理由として、
保存が出来る事が挙げられる。

タロイモを今でも、
主食として食べている国があるが、
同じ理由である。

なぜ里芋(サトイモ)から、
主食がご飯・お米に変わったのか?

弥生時代に、
米文化が日本に入ってくる。

サトイモは、
貯蔵すると大変かさばってしまい、
上に積むと下がつぶれてしまう。

ところが米は潰れない。

結局、
保存しやすいという理由で、
お米が日本で主食になったのである。

レビュー

結局の所、
保存がきくか否かが、
主食になり得るポイントだったようですね。

個人的には、
お米・ご飯が大好きなので、
ここで主食化してくれて、
本当にありがたいと感じます。

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